レオナルド・ダ・ヴィンチといえば、さまざまな分野において天才的な業績を数多く残した15~16世紀の人物として有名です。たとえば絵画の分野であれば『モナ・リザ』『最後の晩餐』『岩窟の聖母』といった作品が知られていますし、物理の分野であれば、鳥の飛ぶ様子をスケッチし、空を飛行するための装置を開発したことでその功績が有名です。1:1.618で知られる黄金比も彼が発見したという記録が残っているそうです。今回は、『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(上)』(杉浦明平訳、岩波文庫)の中から、彼のタイム・マネジメントの考え方がうかがえるものを紹介します。
彼は生涯を通して、多くの概念をノートに書き留めました。それらから理解しやすいものを集め、コンセプトごとに編集したものが本書です。タイム・マネジメントやビジネスにおいて参考になるものがありますので今回はそれらを紹介しましょう。
時をもちながら時を待つものは友人を失い、金も手に入らない。
いつになっても好機をうかがうだけで行動に出ない人を指しているのでしょうか。今は気分が乗らない、と後回しに後回しを重ね、結局何も手に入れられないというわけです。時間はあるのにもかかわらず、いつも時間がないと言い訳をする人はいるものです。「時を待ってはいけない」ということを誰よりも実感していたのはダ・ヴィンチ自身でしょう。彼の成果を考えると説得力があります。むしろ時間は自ら作り出すものであり、必要な時間は十分にあると考えることで、効果的な活用が可能になるのではないでしょうか。
老年の缺亡をおぎなうに足るものを靑年時代に獲得しておけ。そしてもし老年は食物として智慧を必要とするということを理解したら、そういう老年に榮養不足にならぬよう、若いうちに努力せよ。
鐵が使用せずにして錆び、水がくさりまたは寒中に凍るように、才能も用いずしてはそこなわれる。
前者は、若いうちの努力の大切さを、後者では努力で開発した才能も訓練しなければ錆び付いてしまうことが書かれています。ダ・ヴィンチのような天才であっても大いなる訓練を積み、定期的に磨き上げる努力を続けたのは間違いありません。
能力開発や自己啓発というのは、すぐに成果が現れるようなものではありません。長期的な蓄積がいずれ大きな成果となって実を結びます。
短期的な成果を求めるあまり、本質的な能力開発を怠ってしまうことはよくあることです。ダ・ヴィンチは、このような短期的な努力で成果を出そうとする姿勢に苦言を呈しています。
一日にして金持ちになろうとするものは一年にして縊られる。
「縊られる」には、さまざまな意味がありますが、首を絞められる、すなわち社会から見放される、通用しない、と捉えてもよいでしょう。今も昔も短期的な成功を願う人が非常に多い傾向のようです。
最後に、彼の人生観を明確に示している言葉を紹介しましょう。
もし快樂をえらぶとしたら、快樂のうしろには面倒と悔恨とをもたらすものがついていることを知っておくがいい。
立派に費された一生は長い。
自分の前に楽な道と苦しくても多くを得られそうな道が現れたとき、困難なほうを選ぶことが正解なのだといっています。「立派に費された一生は長い」とは重いことばです。
努力すること、困難な道に挑戦し成し遂げること、自分自身の価値ある意義を果たすこと、こうした人生を私たちも歩みたいものです。
茨の道を選択し続けた結果が、ダ・ヴィンチの偉大な功績を生み出したことは疑いようがありません。我々も一度立ち止まって、いかに生きるべきかをじっくり考える時期に来ているのかもしれません。
(参考:『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(上)』、杉浦明平訳、岩波文庫)