ジョージ・ワシントン(1732-1799)は、言わずと知れた米国の初代大統領です。首都ワシントンD.C.や海軍の空母にその名を留め、紙幣やコイン、ラシュモア山を通して今なおその姿を偲ぶことのできる、米国でも有数の偉大なリーダーといえるでしょう。
当時のワシントンは、まさに新国家を象徴する存在でした。英国からの独立戦争で総司令官を務めていた彼は、その経験から英国の国王制を反面教師と捉えており、「大統領=米国の象徴」と見られるよう、自らの言動には常に注意を払っていたといわれています。
こうしたワシントンの姿勢は、合衆国憲法の最初の言葉「われら人民は(We the People)」にも通じています。初めての大統領職を見事に遂行した彼の原則とはどのようなものだったのでしょうか。
●大統領の在任期間を2期に限る
大統領の在任期間を2期に限るという慣例を作ったのはワシントンである。1796年9月17日、ワシントンは告別の辞で「退任するというすでに固めた決意」を明らかにしている。もともとワシントンは1期で退任するつもりであったが、閣僚やマディソンの強い勧めで続投を決意した。
第44代米国大統領のバラク・オバマが惜しまれながらも大統領を退任したのは、「米国大統領は3期以上在任してはならない」というルールによるものです。上の引用にもあるように、もともとこの慣習をつくったのが、初代大統領のジョージ・ワシントンでした。
1期で退任するつもりだったワシントンは、周囲の勧めを受け入れて2期目も務めますが、3期目は固辞しました。当時の複雑な政治情勢を鑑みると、2期で退くことに対しては批判もあったはずですが、その決意は揺らぎませんでした。長期政権のもたらすメリットとデメリットが彼にはよく見えていたのでしょう。
このように、周囲の意見や状況に逆らってでも自身が正しいと思うことを貫き通し、じっと耐えて成果に結びつける。そんなブレない姿勢の大切さを、「7つの習慣」の提唱者である故スティーブン・R・コヴィー博士は、著書『第8の習慣 「効果」から「偉大」へ』(キングベアー出版)において、次のように語っています。
「自分の影響の輪の中で行動を起こし、道徳的権威を身に付けて拡大し、信頼性を勝ち取るようにする。勇気を持って率先力を発揮し、正しいことを実践する」
周囲からも望まれていたわけですから、長く大統領を務めれば、より多くの収入や成功がもたらされたことでしょう。しかし、初代大統領であるワシントンの「2期まで」というこの決断が、「米国の大統領職は2期まで」という慣習(1951年、憲法修正第22条により法制化)につながりました。「リーダーシップは『立場』でなく『選択』なのだ」とは、前出のコヴィー博士の言葉です。
●働くことの意味
ニュー・ヨークからフィラデルフィアに首都が移転する際に、ワシントンのために公費で邸宅が提供されることになった。しかし、ワシントンはその邸宅を私費で所有するか、賃借しない限りは住むつもりはないと断った。最終的にワシントンは私費でロバート・モリス家を賃借した。賃借料は3,000ドルであった。
大統領の年俸は2万5,000ドルと、相当の高額でした。しかし、当時の考え方では、社交にかかわる費用などはすべてポケットマネーで賄うことになっていたらしく、経済的な意味では割の合わない仕事だったようです。少なくともワシントン自身は、金銭にプライオリティを置いて大統領という地位に就いていたわけではなさそうです。彼はいったい何を求めて、この重責を担っていたのでしょうか。
彼の下で閣僚として働き、後に第3代大統領となったトマス・ジェファーソンに対し、ワシントンが語ったとされるのが、次の言葉です。
「善良で徳高き人々から認められることは、私の野心の極致であるし、我々が戦ってきた長く苦痛に満ちた戦いにおける私のすべての労苦を完全に償うものである」
働くことの意味について、前出のコヴィー博士は、著書『原則中心リーダーシップ 21世紀を生きぬくための原則中心パラダイム』(キングベアー出版)において、次のように述べています。
「現代の労働者にとって、仕事にやりがいを見出すには意味が必要だ。食べるために働くだけでは満足できないし、待遇が良いからといって、それが企業に留まる理由にはならない。才能を発揮し、潜在能力を解き放つ機会があってもまだ足りない。人々は意味を知りたいのだ。『なぜ?』これがキーワードだ」
裏を返せば、「働くこと」に意味を見いだせれば、組織に留まる理由となり、潜在能力を解き放つ大きなチャンスを得ることにもつながる、ということです。管理職が部下に対して、それらを示唆したり提示したりすることにも、おそらく効果はあるしょう。
しかし、それ以上に大切なのは、個々の労働者が自分なりに「働くことの意味」を模索し、その妥当性を見極め、自ら行動する中で実感していくことなのかもしれません。
(参考:『ジョージ・ワシントン伝記事典』、西川秀和著、大学教育出版)