オーギュスト・エスコフィエ(1846–1935)は、19世紀から20世紀にかけて、フランスを中心に、料理界に大きな旋風を巻き起こした料理人です。席に着くと同時にすべての料理を一度に提供していた時代に、現在の主流となったコースによる提供スタイルを導入したのがエスコフィエでした。また、料理だけにとどまらず、規律と節制といった側面にも目を向けることで、シェフという職業の社会的地位の向上に貢献するなど、現代フランス料理の体系を確立したことでも知られています。
●不安を取り除くのは、中心を持つこと
夢から覚めると、のどがからからだった。将来が不安になった。鏡をのぞくと、おろおろした表情の少年の顔があった。広い額が張り出している。歯並びもよい。ただ、どうしようもなく平凡な顔つきだ。孤独で胸がおしつぶされるようで、泣き叫びたくなった。ここはぼくの居場所じゃあない。
これは、修業時代のエスコフィエの独白です。
彼と料理との出会いは、13歳のとき。叔父が経営するレストランで働くことになったのがきっかけでした。本当は料理人ではなく工芸職人になりたかったというエスコフィエにとって、修業の道は長く険しく、自由な時間は1日1時間ほどしかなかったといいます。
しかし、彼は幾多の試練を乗り切り、徐々に大きな仕事を任されるようになっていきます。望まない道に進み、苦しみながらも、乗り越えることができた原動力は何だったのでしょうか。彼は著書の中で、次のように語っています。
「自分の中に変わらない中心があってこそ、人は変化に耐えられる」
「7つの習慣」では、自分の人生の中に「ミッション・ステートメント」という中心を持つことの重要性を説いています。
めまぐるしいまでの変化が当たり前になった現代、時代の流れに取り残されることなく対応していくには、自分自身の中に大きな中心を持つことが何よりも必要です。
●セザール・リッツとの模索
リッツは「それ以上の料理でなければなりません。誰もかなわないような料理でなければ」といい返した。 両手をテーブルの上に置き、エスコフィエは何かをうったえ続けている相手の手をしばらく見つめていたが、ついにこういった。 「打開策はただ一つ。革新です。(略)私の料理は創造、新しさが信条です」
ホテル王と呼ばれたセザール・リッツは、当時、モンテカルロのグランド・ホテルの支配人を務めていました。料理長をライバルのホテルに引き抜かれて苦戦しているリッツの前に現れた料理人がエスコフィエだったのです。
最初のうち、エスコフィエはリッツをしたたかな男と見て警戒していましたが、お互いが目指すホテル像を語り合ううちに友情が育ちました。そして、この両者のパートナーシップによって、ホテル・リッツをはじめとする多くの名門ホテルが誕生することとなったのです。
リッツについては、コヴィー博士の著書『偉大なる選択―偉大な貢献は、日常にある小さな選択から始まった』(キングベアー出版)の中でも「大いなる主体性の持ち主」と紹介されています。
コヴィー博士は「相乗効果の本質」として次のように述べています。
「相違点を尊重すること、つまり知的、情緒的、心理的な相違点を尊重することが相乗効果の本質である」
相手と意見が異なる場合、それを受け入れることは簡単ではありません。相違点を尊重することはとても困難であり、勇気を要するのですが、それができるエスコフィエやリッツのような人こそが、コヴィー博士の言葉を借りれば「豊かな人生を送る人」なのです。
(参考:『味覚の巨匠 エスコフィエ』、ミシェル・ガル著、金山富美訳、白水社)