東西と北に中国、南にネパールやブータン。四方を山に囲まれたチベットは現在、国際的な注目を集めている地域です。そのチベットの地で、学者として政治家として名を馳せたのが、今回紹介する書籍『サキャ格言集』(今枝由郎訳、岩波文庫)の作者、チベット仏教4大宗派の1つと呼ばれるサキャ派6代目座主サキャ・パンディタ(1182-1251)でした。
このサキャ・パンディタという名前は本名ではなく称号であり、サキャとはチベットの地において仏教の一派:サキャ派を開祖したクンチョク・ゲルボが、1073年に本山を興隆した場所です。またパンディタとはサンスクリット語で博士を意味する称号です。学者としての業績は、彼の著書が100を超えることからも明白です。
彼は当時のチベットを代表して、1244年、62歳にしてモンゴルに旅立ちました。当時、ものすごい勢いで勢力を伸ばしてきたモンゴルからのチベットへの侵略を阻止するためです。その後1251年に亡くなるまでずっとモンゴルに滞在し、チベットの保護に努めました。チベット史上、特筆に値する人物であったようです。
本書は彼のさまざまなことに対する考察をまとめたものです。仏教一辺倒ではなく、私たちの現代社会でも通用する格言がいくつもあります。紹介しましょう。
■時間を無駄にしないことの大切さ
お前の仕事は終わったか、と閻魔は待ってくれないから
すべきことがあったら今日こそ臨むべきだ。
まだ終わっていませんから今日のところはお待ちください、と
涙してお願いしたところで閻魔はどうして気持ちを変えようか。
「今行うべきことを今行う」ことを、閻魔は待ってくれないと例えています。閻魔とは、もともと仏教における「地獄の主」のこととされていますが、現在に置き換えれば、さまざまな仕事や生活における、顧客や依頼主、上司や同僚、市場や環境など、あらゆることに例えることができるでしょう。こうしたものたちは、私たちの仕事を待ってはくれません。
コヴィー博士は「7つの習慣」で、信頼を得るための最良の方法の1つは「約束を守ることだ」と述べています。クライアントの信頼を勝ち取るためには、まずは納期を守ることです。あなたの時間を奪うものは枚挙に暇がありません。納期を守るという崇高な使命のためには、無駄にする時間など存在しないはずです。
■自分を磨き続ける
愚者は学ぶことを恥ずかしがり
賢者は学ばないことを恥ずかしがる。
だから賢者は年老いても
来世のために学問する。
知恵がないという理由で
愚者は学問をしない。
考えてみれば知恵がないからこそ
愚者は一層努力すべきである。
最初は誰でも素人です。努力をすることで上手になる、このことを賢者は知っているというわけです。嘆いている暇があったら、一層の努力をしなさい、学ぶことは恥ではありません、と説いています。
また、来世のためであっても学び続けることこそが、賢者として存在できる所以であるとしています。どんなに優れた技術やスキル、知識も常に磨き続けないと錆びついてしまうでしょう。
■自分自身を持つ
賢者は自分で観察するが
愚者は名声に従う。
老犬が吠えると
他の犬は理由もなく動く。
周囲の声や評判だけに頼ってしまっていては、結局は流されるだけの人生になってしまいます。自分自身で観察する、つまり自分自身としての機軸を持ち、周囲に振り回されないようにしなければなりません。
出典:(『サキャ格言集』、今枝由郎訳、岩波文庫)