女性初のノーベル賞受賞者、それが今回取り上げるマリー・キュリー(1867-1934)です。「キュリー夫人」として伝記などでも広く知られている彼女は、夫であるピエール・キュリーとともに放射能研究で大きな功績を残し、最初は物理学、後には化学の分野で、二度のノーベル賞を受賞しました。女性に対する偏見が根強く存在した時代、「女性初」という経歴を数多く獲得した彼女の原動力とはどのようなものだったのでしょうか。
●熱意が周囲を動かす
マリーは失恋についてくよくよ思い悩むのをやめ、毎晩、ときには早朝から、勉強に打ち込んだ。はじめは興味のおもむくまま、あらゆる分野に手を広げ、物理学や化学以外に社会学の本や文学作品も読み、父親からは通信教育のような手紙のやりとりで数学を習った。(略)雇い主は工場の図書館を使わせてくれたし、工場で働いていた化学者は彼女の熱心さに心をうたれ、二〇回も個人授業をしてくれた。
ポーランドの知識階級で育ったマリーですが、当時の政治的事情から下級貴族の生活は厳しく、自分で学費を稼ぐ必要がありました。また、パリに留学している姉への仕送りも自ら買って出たといいます。住み込みの家庭教師として働きながら勉強を続けていた彼女は、ある男性と恋に落ちます。しかし、身分の違いから結婚を許されず、失意の中、それまで以上にストイックに勉学の道に打ち込むようになったのです。
特筆すべきは、飽くなき熱意で周囲の人々を巻き込み、着々と知識を吸収していく、まだ年若いマリーの人格の力でしょう。彼女は、いわゆるリーダーではありませんでしたが、そのひたむきさに惹きつけられた周囲の人々は進んで彼女を援助したのです。
「7つの習慣」を提唱した故スティーブン・R・コヴィー博士は、自身の著書『第八の習慣 「効果」から「偉大」へ』(キングベアー出版)において、次のように述べています。
「リーダーシップとは、人がただ組織のために働くのではなく、組織の一員になりたいと思える環境を育むことである。リーダーシップは、仕事を『やらされる』のではなく『やりたい』と思わせる環境をつくる。このような環境は企業にとって不可欠である」
ビジョンに共感してもらい、自らが核となって周囲を動かし、大きな成果を上げる。ビジネスにおけるリーダーシップにおいても、「周囲を巻き込む力」の影響力は絶大だといえるでしょう。
●勲章ではなく研究室が必要
候補者は選挙前にアカデミー会員ひとりひとりを個別訪問し、その機嫌をとるのが慣例になっており、自己宣伝がきらいなピエールもしぶしぶながらそれに従った。だが選ばれて当然と思われていた予想に反して、たったひとつの空席を埋めたのは対立候補だった。のちに、フランス政府が生存者に与える最高勲章であるレジオン・ド=ヌールの候補に推薦しようと支持者が動きはじめたときには、ピエールは断固として辞退した。このときピエールは友人に、勲章などいらない、ただ研究室だけはどうしても必要だと語ったという。その名声が国際的にもフランス国内でもゆるぎないものになったときでさえ、マリーは夫にたいするフランスの仕打ちに憤慨しつづけた。
その後、姉のいるパリに移り住み、働きながら勉学を続けていたマリーは、フランス人物理学者ピエールと出会い、結婚します。夫妻は共同で放射性物質の研究を行うようになりますが、フランス国内ではなかなか業績が認められず、成果も得られずにいました。
資金援助を目的として、ピエールはアカデミー会員へ立候補しますが、有力視されていたにもかかわらず、まさかの落選。生真面目で根回しのできない性分が災いしたのかもしれません。
この経験に感じるものがあったのか、ピエールは後に最高勲章の推薦があったとき、「必要なのは勲章ではなく研究室だ」と語り、その受章を固辞しています。
「組織間調整に巻き込まれ、自分の仕事ができない。けれども調整しないことにも仕事が進まない」というジレンマは、社会人の多くが経験するものでしょう。政治力=ビジネス・スキルという意見も聞かれる昨今ですが、政治ゲームに費やすエネルギーと時間を本来の業務に注力することができたなら、どれほど多くの成果と貢献につながるでしょうか。
前述のコヴィー博士は、自著『原則中心リーダーシップ 21世紀を生き抜くための原則中心のパラダイム』(キングベアー出版)の中で、このように説いています。
「政治的な駆け引きが充満する沼地を美しい文化的オアシスに変えるには、原則に基づいて、人格と人間関係の基本的習慣を築くことが不可欠である。人格と人間関係は、質の高い組織へ変革していくためのイニシアチブを成功させる基盤なのである」
文化的オアシスを実現するのは容易ではありません。しかし、余分な駆け引きには目もくれず、シンプルな原則に従うことの大切さを知っていたからこそ、キュリー夫妻は豊かで偉大な実りを手にすることができたのではないでしょうか。
我々もまた、誠実に、根気強く、周囲の小さな組織から徐々に変革していく人格の力を身につけていきたいものです。
(参考:『オックスフォード 科学の肖像 マリー・キュリー 新しい自然の力の発見』、ナオミ・パサコフ著、西田美緒子訳、大月書店)