中内功(1922-2005)は、ダイエーを創業し、長年にわたり日本の流通業界を牽引した実業家です。現代では当たり前となっているスーパーマーケットというビジネスモデルを発案し、日本に定着させた人物として、最も有名なビジネス・リーダーの一人といっていいでしょう。中内はなぜ、「安く商品を売る」という流通形態にこだわり続けたのでしょうか。彼を動かし続けた熱い思いの源泉をひもといてみましょう。
●金儲けは目的ではなく、手段
日本の国の先行きが見えなくなって、そういう意味では学生諸君を見ておっても、何のために大学に来ておるのか、あまりやりたいことがわからないということです。私が学生に質問をしても、簡単に言うと金儲けがしたいという程度で、金を儲けて何をするのかという目的が見えない。「あなたね、金儲けというのは手段で、何かしたいことがあって金が欲しいというのならわかるけれど、金を儲けたあと何をしたいということがなしに、金儲けが目的だと言われたらちょっと話ができないじゃないか」ということをこのあいだも話したんですね。
上記は、中内自身が創設した流通科学大学の学生について、インタビューで問われた際の返答です。
経済的な安定は大きな成功を意味しますが、その先に何を見据えているか、それが人として大切であるというのが中内の根本的な考えなのでしょう。
戦時を何とか生き抜いた中内は、「流通業を通じて飢えや貧困をなくすこと」にビジネスを超えた社会的な使命を見いだしたといわれています。このミッションを果たすために、さまざまな苦難を乗り越え、食料品や日常品を安売り価格で売るスーパーマーケットという新たな業態をつくり上げたのです。
故スティーブン・R・コヴィー博士は、著書『7つの習慣 原則中心リーダーシップ 21世紀を生き抜くための原則中心のパラダイム』(キングベアー出版)の中で、「なぜ働くのか」を考えることが現代のビジネス・パーソンにとって大切であると説きました。
「現代の労働者にとって、仕事にやりがいを見出すには意味が必要だ。食べるために働くだけでは満足できないし、待遇が良いからといって、それが企業に留まる理由にはならない。才能を発揮し、潜在能力を解き放つ機会があってもまだ足りない。人々は意味を知りたいのだ。『なぜ?』これがキーワードだ」
たとえば、憧れの企業に入社できたとしても、それまで抱いていた期待やイメージとは掛け離れた実態に、働く意欲を失う新入社員は少なくありません。これも見方によっては、憧れの企業に入ること自体を目的としてしまい、その先にある真の目的について考えが至っていなかったため、とも考えられます。
前提や思い込みが邪魔をして、改めて考えもしないような点について、あえて「なぜ」と自らに理由を問うてみることで、貢献の深度や精度が向上する可能性は大いにありそうです。
●「安売り」の先にある「生活提案」
チェーンストアは、最終的に消費者主権であって、消費者がよい品をどんどん安く買える仕組みをどうつくっていくかということで、単なる安売り屋ということではないんだ。われわれが究極的に目的とするのは、よい品をどんどん安く売って、より豊かな社会をつくることだ。(略)金曜日には花とワインのある生活というような暮らしを提案していく。最後には生活提案産業に変わっていく。
これは中内が1969年に出版した『わが安売り哲学』(日本経済新聞社)で述べたメッセージについて、改めて語っているシーンです。
人は低階層の欲求が満たされると、より高次の階層の欲求を求めるというマズローの5段階欲求理論を中内が意識していたかどうかはわかりませんが、彼のビジネス展開の手法はまさにこうした人心の動きを掌握したものであったといえるでしょう。
戦後、まだモノが少なかった時代、中内はすべての人たちに必要なモノを行き渡らせることに使命感を覚えていました。しかし、日本は高度経済成長を経て変容し、衣食住に困窮することのなくなった人々は、新たな充足を求めるようになっていきました。
中内はそうした状況を踏まえ、安く商品を購入することで生じた経済的余裕を個々の自己実現に充ててほしいと願ったのです。
このように、中内は変化を的確に捉え、消費者に対して時代に合った提案を行い続けました。今では常識となった業務マニュアルも、彼が米国を視察した折に、階層や人種の違う人々を同じ現場で働かせる秘訣として、そのアイデアを日本に持ち帰ったものだといいます。今や、大手家電メーカーが留学生を大量採用するなど、多国籍化したわが国の就労環境に目を向ければ、中内の慧眼は見事というほかありません。
コヴィー博士は、前出の『7つの習慣 原則中心リーダーシップ 21世紀を生き抜くための原則中心のパラダイム』において、こんなふうに語っています。
「私の見解だが、今進行している変革は、今後の企業のあり方や運営方法を永久に様変わりさせるだろう。変化に触れていない人間や商品は、最初に廃れてしまうに違いない」
10年以上前に出た書籍ではありますが、日を追うごとに新しい技術が生まれ、常にビジネスモデルの変革を求められる今、コヴィー博士の指摘はまさに現在進行形で現実のものになりつつあります。
そう考えると、中内が生涯をかけて実践したように「変わり続けることこそが、安定の秘訣」なのかもしれません。
(参考:『生涯を流通革命に献げた男 中内功』、中内潤・御厨貴編著、千倉書房)