ローマ皇帝にして哲学者であったマルクス・アウレリウス(121-180)。以前このコーナーにて紹介したセネカと同じ、ストア派の哲学に精通していたことで知られています。もちろん立派な業績も残しており、ローマ帝国の安定化に大いに奔走しました。
彼が晩年に書き残した「自省録」は、後世の人間を奮い立たせる素晴らしい名著となっています。約1,800年前に著された最古といわれる自己啓発本の一冊であり、時間管理や仕事、目標管理に関していくつもの論説がありますのでご紹介しましょう。
■幸福な人生を送るために
もし君が目前の仕事を正しい理性に従って熱心に、力強く、親切におこない、決して片手間仕事のようにやらず、自分のダイモーンを今すぐにもお返ししなくてはならないかのように潔くたもつならば、またもし君がこのことをしっかりつかみ、何ものをも待たず、何ものをも避けず、自然に適った現在の活動に満足し、ものをいう場合にはいにしえの英雄時代のような事実をもって語ることに満足するならば、君は幸福な人生を送るであろう。誰一人それを阻みうる者はない。
与えられた目の前の課題に対し、集中してベストを尽くす。やはりこれがビジネスのみならず、充実した人生を送る上での原則であることは、1,800年前から不変のようです。
また、「自然に適った現在の活動・・・」「真実をもって語る」とは、コヴィー博士の説く「原則に基づいた価値観と行動」のことだともいえるでしょう。
■我々は急がなくてはならない
人生は一日一日と費されて行き、あますところ次第に少なくなって行く。(略)もうろくし始めると、呼吸、消化、表象、衝動、その他あらゆる類似の機能は失われないが、自分自身をうまく用うること、義務の一つ一つを明確に弁別すること、現象を分析すること、すでに人生を去るべき時ではないかどうかを判断すること、その他すべてこのようによく訓練された推理力を必要とする事柄を処理する能力は真先に消滅してしまう。したがって我々は急がなくてはならない、それは単に時々刻々死に近づくからだけではなく、物事にたいする洞察力や注意力が死ぬ前にすでに働かなくなってくるからである。
「肉体的な衰えよりもむしろ知的な衰えのほうを恐れる」と語るマルクスは、さらに「だから急ぐのだ」とも言います。
「7つの習慣」の第七の習慣は「刃を研ぐ」です。これには大きく分けて2つの側面があり、1つはリフレッシュの大切さです。木をのこぎりで切る際に、適度に刃を研いでやれば、刃はシャープになり、切れ味も増すというわけです。そして2つ目の要素が自分磨きの大切さです。自分を磨くことでさまざまな不測の事態への予防とするわけです。
知性による能力は失われやすいものです。日々の鍛錬だけが、研ぎ澄まされた知性を保ってくれるといっていいでしょう。
■自分に集中する
隣人が何をいい、なにをおこない、なにを考えているかを覗き見ず、自分自身のなすことのみに注目し、それが正しく、敬虔であるように慮る者は、なんと多くの余暇を得ることであろう。目標に向かってまっしぐらに走り、わき見するな。
ここでは「隣人」となっていますが、これは周囲の人物のことであり、「第一の習慣」にある「影響の輪/関心の輪」で語られる内容を指しています。
自分の影響が及ばない関心事ばかりに気を取られてしまい、結局は何もできなかった経験は誰もが持っていることでしょう。
自分ができること、自分が影響を及ぼすことができることに力を集中することが大切なのです。
(出典:マルクス・アウレーリウス著、神谷 美恵子訳、岩波文庫)