シャルル・ヴァグネル(1852−1918)といえば、日本でこそ知名度は低いかもしれませんが、本国フランスをはじめとしたヨーロッパや、アメリカの地で大いなる人気を誇る哲学者です。今回参考にした書籍『簡素な生活』の監修者、祖田修氏によれば、ヴァグネルの著書を時のアメリカ大統領セオドア・ルーズベルトが絶賛し、自らアメリカでの講演を依頼し実現させたほどだそうです。
その著書『簡素な生活 一つの幸福論』(講談社学術文庫)は、タイトルからも読み取れるように、コヴィー博士が著書『偉大なる選択』の中で提唱した原則の1つ、「シンプルであること」の指南書であるといえます。煙草を吸わない理由を尋ねられたアイザック・ニュートンが「新たな必需品を増やしたくないからだ」と答えた有名なエピソードは、彼もまたシンプルさを追い求めていたことを示しています。「いかにシンプルたるか」というのは、歴史の中で常に追い求められてきた概念の1つといえるでしょう。
■得れば得るほど、欲する
もしあなた方が物質的な将来についての心労を、そのあらゆるぜいたくな発展において観察したいと思われるならば、安楽な暮らしの人々や、とりわけ金持ちを見てごらんなさい。一枚の着物しか持たない女たちは、どんな着物を着ようかと最も思いわずらう女たちではなく、同じように、明日は何を食べようかと最も思いわずらう者は、必要な最小限度の食糧を与えられている人々ではありません。人間の欲求は与えられる満足によって増大するという法則の必然の結果として、人は財貨を持っていればいるほど、ますます財貨が欲しくなるものなのです。
確かに経済的な安定は重要です。こういった不安をなくすことは、充実した人生を送る上で不可欠なことはいうまでもないでしょう。しかし必要以上に得たらどうなるのか、これをヴァグネルは鋭く指摘しています。
コヴィー博士は、金銭は仕事や活動において成果を出すことに対するモチベーションとなると認めながらも、生活の中心に金銭を置くことの危険性を、著書『7つの習慣 成功には原則があった!』(キングベアー出版)の中で説いています。
「私は一度に1つのことしかできないが、一度に多くのことをやらないようにすることはできる」というのは多くの優れた警句で知られるイギリス出身の作家、アシュレイ・ブリリアントの言葉です。
■生きるための食糧
渇きをいやすには、すべての泉の水を全部汲みつくすには及ばないのと同じように、人は生きるためにはすべてを知る必要はないのです。人類はいくつかの簡単な食糧で生きていますし、また常に生きて来ました。
それらの食糧を挙げてみましょう。まず第一に、人類は信頼によって生きています。人類が信頼によって生きているということは、あらゆる生物のうちにあって意識されない根底をなしているところのものを、人類はその意識的な思想の許す程度において、反映しているということにすぎないのです。
ここで引用したのは「信頼」についてだけですが、ヴァグネルがこの他に人間に不可欠な食糧として挙げたものには「希望」と「善良さ」の2つがあります。これら3つの要素はまさに『7つの習慣』において重要視されている要素でもあります。
たとえば、希望について、コヴィー博士は、第二次世界大戦時にナチス収容所に閉じ込められたヴィクトール・フランクルを例に出して、希望を持ち、主体的に人生を送ることの大切さを紹介しています。
また『第8の習慣 効果から偉大へ』(キングベアー出版)においては、「独自の貢献」を模索する際に、それが「才能」「情熱」「ニーズ」そして「良心」を満足させている必要があると述べています。
このことからもわかるように、ヴァグネルの著書は約1世紀前の作品でありながらも、ますます原則の普遍さを実感させてくれます。
(出典:『簡素な生活 一つの幸福論』、シャルル・ヴァグネル、大塚幸男訳、祖田修監修、講談社学術文庫)