20世紀米国の公民権運動と聞いて、日本で真っ先に名が挙がるのは、おそらくキング牧師の名前でしょう。一方、米国ではそのキング牧師と同じくらい有名で、教科書にも必ず登場する活動家が存在します。その名はローザ・パークス(1913-2005)。アラバマ州モンゴメリーで、市バスに乗る際、人種差別に抗議し投獄された黒人女性です。
この事件を契機に、全米中にさまざまな人種差別撤廃運動が起こったことから、公民権運動のシンボルとも呼ばれる彼女のビジョンとは、いったいどのようなものだったのでしょうか。
●些細な行動がきっかけに
私たちは、こういう法律(編注:モンゴメリーの市バスには当時「白人席」と「黒人席」があり、白人席が満席になると黒人席を譲らなければならない「人種分離法」が存在した)を何とかして変えなければなりませんでした。そのためには白人たちにも味方についてもらい、十分な協力を得る必要がありました。
あの日、私がモンゴメリーのバスで席を譲ることを拒否した時、あの些細な行動が南部の人種隔離法に終止符を打つきっかけになろうとは、夢にも思いませんでした。自分でわかっていたのは、ただ「いじめられることに疲れていた」ということでした。
事の始まりは、パークスのごく些細な抗議でした。「席をどきなさい」と命じられた彼女がそれを拒否すると、警察に通報され、警官に身柄を拘束されました。「なぜ私たちをいじめるのか」と警官に問うと、警官は「わからない。しかし規則は規則だ」と答えたといいます。
この事件を機に、モンゴメリーに住む黒人たちはついに立ち上がります。彼らはバスに乗ることをボイコットする運動を初め、バス会社に大損害を与えることに成功します。
「7つの習慣」の提唱者である故スティーブン・R・コヴィー博士は、著書『第8の習慣 「効果」から「偉大」へ』(キングベアー出版)の中で、このような「流れを変える大転換」は、一人の人間の選択から始まる、と述べています。
「組織文化の大転換、長期にわたり成長、繁栄し、世界に貢献し続けられる偉大な組織を築いた大転換のほとんどは、ひとりの人間の選択で始まっている。それはCEOや会長など正式なポストにあるリーダーの場合もあるが、むしろ専門職やラインマネージャー、アシスタントなど、組織のトップ以外の人間の選択で始まったケースのほうが多い」
現代でも組織が大きくなればなるほどイノベーションを生み出しにくい傾向にあることは否めません。しかし、バングラデシュの貧困解決に大きく貢献し、ノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行総裁のムハマド・ユヌス氏がそうであるように、優れたイノベーションとは、やはり個から始まり、誰かが正当な評価を下すことによって、やがて大きな実りへと育っていくものなのではないでしょうか。
●人種差別のないバス
モンゴメリーでは、十二月二十日に、アメリカ合衆国最高裁から命令書が届きました。そして翌日、私たちはバスの乗車を再開しました。
ボイコット運動は、一年以上続きました。キング牧師、アバナシー牧師、ニクソン氏、そして、ボイコットを支援した数少ない白人の一人であるグレン・スマイリー氏が、モンゴメリーで初めての人種差別のないバスに乗った時は、素晴らしい景観でした。
バスのボイコット運動開始から1年以上経った後、彼らはとうとう「バス内での人種差別は違憲」という最高裁による判決を勝ち取りました。
ボイコット運動中には脅迫電話や、キング牧師をはじめとする活動家の自宅が爆破されるなど、さまざまな嫌がらせや暴力行為が頻発したようですが、パークスはひるむことなく、ほかの活動家や支持者らとともに運動を継続しました。
自らの安全を犠牲にしてまで活動を続けた彼女の原動力とは、いったいどのようなものだったのでしょう。
パークスの自伝『黒人の誇り・人間の誇り』(サイマル出版会)に、そのヒントと思しき幼少期のエピソードが記されています。
「幼い頃に数回、黒人ではなく、人間としての扱いを受けた経験がある」こと、そして「すべての白人がそのように扱ってくれたら良いと考えた」こと。
幼い彼女の中に蒔かれた種は、やがて人生の道しるべとなり、あの日、あのとき、我知らず彼女を衝き動かしたのではないでしょうか。その小さな、しかし偉大な一歩を踏み出して以降の彼女は、おそらく自身の役割と後世への影響を自覚しながら、ひとえに「差別のない世界」を目指したものと思われます。
前出のコヴィー博士は、著書『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)の中で、次のように述べています。
「ビジョンは、人生のすべてを動かす原動力である。ビジョンを通して自分にしかできない貢献を自覚し、情熱を持つことができる。(略)人生に対するより大きな意味を持って生き、愛し、学んでいくうちに、自分に残せる最大の遺産は『ビジョン』であることに気づき始める」
パークスやキング牧師の活動に触発された全米各地では、同様の運動が巻き起こり、人種差別撤廃に向けて歴史が大きく動き出しました。これらのうねりの端緒となったのが、パークスという一個人のごく些細なアクションだったことを胸に刻みつつ、我々もまた日々のイノベーションを目指したいものです。
(参考:『黒人の誇り・人間の誇り ローザ・パークス自伝』、ローザ・パークス著、高橋朋子訳、サイマル出版会)