古典に学ぶタイムマネジメント|89回 テオドール・ビルロート

テオドール・ビルロート(1829-1894)はドイツ出身の外科医で、作曲家ブラームスとの終生にわたる交友関係でも知られる人物です。世界で初めて胃がんの切除手術に成功したがん治療の先駆者であり、彼が考案した「ビルロート法」は、現代でも広く応用されている術式です。一般にはなじみが薄いかもしれませんが、医学に携わる人間で彼の名を知らない人はいないでしょう。因習にとらわれることなく、医学界において多くの改革を成し遂げたビルロートの人生を見ていくことにしましょう。

チューリッヒ州立大学での改革

自分の経験を数値で示せない人は、山師といわれても仕方がない時代がくるだろう。(略)
私たちのいう近代的統計とは、外科医がいろいろな状況の下で良い結果を得ようと、不幸な結果に終わろうと、全ての例を取り上げたものでなければならない。こうすることで、手術の成績が年ごとに良くなっていると強調する必要もなく、また奇跡的に助かったものをことさら取り上げることもない。

ビルロートは国内のいくつかの大学で研鑚を積み、ちょうど30歳を過ぎた1860年頃、スイスのチューリッヒ州立大学の外科教授に着任しました。ここで彼はさまざまな改革を行い、医療のレベルを格段に引き上げていくことになります。

まず、床とドアを清潔なものに替え、換気設備を改修、さらにトイレや浴室の新設にも着手しました。そして、手術室に水道を引き、手術中いつでも水を使えるようにましたが、これも当時としては革新的なことだったようです。
施設設備だけでなく、人的システムにもメスを入れました。まだ看護の専門職が存在しなかった時代、女性を積極的に採用して男性との分業制を取り入れ、入院病棟においては12床につき一人の担当者がつく体制を基本として必要に応じ増員するなど、合理化を進めました。

また、看護人には人間性が重要であるという信念を持ち、彼らが患者の弱みにつけ込むような態度をとることがないよう細部にまで気を配りました。
ある外科医の訪問記によれば、「軍隊式の厳格な組織を見た」ということですから、ビルロートの管理はかなり徹底したものだったのでしょう。

また、上の引用にもあるように、後世への貢献を念頭に置き、正確で客観的なデータの蓄積を心がけていたようです。退院患者に対する追跡調査を取り入れたのも彼が初めてでした。
このような先見性に基づいた実行力が、後の胃がん切除手術成功につながっているのかもしれません。

「7つの習慣」の提唱者である故スティーブン・R・コヴィー博士は、創造性についての研究を進める中で、その著書『偉大なる選択 偉大な貢献は、日常にある小さな選択から始まった』(キングベアー出版)において次のように述べています。

「創造力を発揮するコツを心得ているかのような人がいる。だが、そういう人たちをわずかの時間でも観察してみれば、彼らの創造力は魔法や幸運によるものではないことはすぐにわかる。実際、創造的な人が往々にして幅広い方面に興味を持ち、勤勉なのは偶然でも何でもない」

ビルロートの変革も、周囲からの理解や協力なしに成し得るものではなかったはずです。新しい試みに周囲を巻き込むには、何よりも彼自身が成果に万全の自信を持って臨む必要があり、そのためにも日頃からさまざまな方面にアンテナを張り巡らせ、多くの知識を吸収していたことは想像に難くありません。そうした努力の蓄積あればこそ、強いリーダーシップを発揮できたのではないでしょうか。

●Nonquam retrorsum (いつも前に向かって)

ビルロートは今後この手術がどんな患者に可能か、どんな患者にはすべきでないかを確実にすること(医学用語では手術の適応と禁忌の確立)、またいろいろな症例に対応できるよう、手術手技を開発することを研究せねばならないといっている。そして今まで不治とされていた胃ガン患者を救うため、また再発したときはたとえ一時的であっても苦痛を和らげるための進歩を期待したいともいった。

ビルロートは1881年、世界で初めて人体から胃を切除する胃がん手術に成功しました。この患者は手術の数日後、個室から一般病棟に移って正常な食事を摂れるまでに回復したのですが、すでにガンが別の部位に転移していたため、数ヵ月後に亡くなりました。

この試みは医学界に大きな衝撃を与えました。手術成功を確信したとき、彼と彼のチームの喜びはどれほどのものだったでしょうか。しかし彼は冷静でした。上記引用にもあるように、この成功が今後のビジョンに向けた小さな一歩に過ぎないことを自覚し、ますます気を引き締めていたのです。
この時代、ビルロートのような斬新な発想を医学の現場で取り入れることは、非常に困難だったはずです。医学上の見地や慣習からの反対はもちろん、信仰的な反発や拒否感も小さくはなかったことでしょう。それでも彼がやり遂げることができたのはなぜでしょうか。

前出のコヴィー博士は著書『7つの習慣 原則中心リーダーシップ 成功を持続するリーダーの中心には原則があった!』(キングベアー出版)において、この困難さを「引力」と表現し、次のように述べています。

「過去の引力を断ち切るには、強い目的意識とアイデンティティーの明確化が必要となってくる。自分を知り何をやり遂げたいかハッキリさせる、これが鍵なのだ」

見出しに示した「Nonquam retrorsum」という言葉は、ビルロートがウィーン医学週報に寄稿した文の中にあるものです。これはローマの将軍大ポンペイウスの言葉で、「いつも前に向かって」「決して振り返るな」という意味であり、ビルロート自身のモットーでもあったようです。
このような信念、そして医学の進歩という明確な目的があればこそ、彼は過去の引力を断ち切り、力強く前進し続けることができたのではないでしょうか。

(参考:『ビルロートの生涯:近代外科のパイオニア:大作曲家ブラームスとの交流』、武智秀夫著、考古堂)

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