今月は、宮本武蔵の『五輪書』から時間管理に関係する部分を紹介しましょう。宮本武蔵といえば江戸時代初期の剣豪としてとても有名です。わずか13歳で初めて試合に勝利し、以後は武者修行を続け、生涯一度も負けたことがないといわれています。彼は剣の他にもさまざまな芸術的な分野で数多くの功績を残したそうです。
そんな彼が、死を間近に控えて書き残したのがこの『五輪書』であり、戦を知らない世代の武士に、兵法を伝えるべく作成されました。武士がどうあるべきか、を説く中に現代の仕事術に通じた部分をいくつか見出しましたので以下にピックアップしましょう。
なお、ここでは現代語訳を掲載します。
■兵法の道を大工の道にたとえること
大工としての心懸けは、よく切れる大工道具を持ち、隙を見ては研ぎ磨くことである。その道具を使って、置き戸棚・書棚・文机・卓、または行灯・俎板・鍋の蓋までも素速く巧みに造るのが、重要である。士卒もこのように心懸けなければならない。よくよく考え尽くすべきである。
■兵法の道の捉えかたのこと
兵法の道は、多人数の合戦から一対一の戦いまで、すべて一貫して同一のありようである。
(略)
兵法の習練のありようは、身とこころを一つにし、そのはたらきが過ぎることも、足りないこともなく、力が入りすぎることも、弱くもなく、頭から足の裏まで万遍なくこころが配られ、一方に片寄ることのないように習練を積むことである。
ここで彼が説いているのはまさに、「7つの習慣」の「第七の習慣:刃を研ぐ」にあたると考えることができます。コヴィー博士が紹介しているのは2人のきこりの話です。両者は同時刻に木を切り始めました。一方が休みなく作業を続け、ようやく半分まで達したというところで、もう一方の方を見ると、そちらはたまに休みながらの作業であったにもかかわらず、なんとほとんど切り終わっているではありませんか。
これはどういうことでしょう。タネ明かしをすると、もう一方のきこりは、ただ休んでいたのではなく、その間にのこぎりの刃を研いでいたのです。
宮本武蔵も同じことを勧めています。道具を磨き、腕を磨き、考えを磨く、そして磨き続ける。ツールとスキル、マインドを磨き続けることこそが成功への近道であり、必要なことであると説いています。そうすることで、ひたすら作業を進めるよりも、かえって時間も節約できるというわけです。
世間をみるに、いろいろな技芸を売りものに仕立て、己れを売りものにし、もろもろの道具をも売りものとして飾り立てているが、花と実のたとえでいえば、花よりも実が少ないありようである。とりわけ兵法の道をめぐって、表向きを飾り、見栄えをよくして技を見せびらかし、第一道場・第二道場などといって、兵法を教えたり、兵法を習ったりして、戦いにおける勝ちを得ると考えるのは、世間に言う「生半可な兵法は、大怪我のもと」である。
宮本武蔵はこのようにも述べています。
見栄えのいい技を手に入れればすぐに効果が出る、という考え方を戒めています。問題は中身であって、表面的なことではないということです。
生活の中で大きな変革を遂げようとすれば、行動や態度という「葉っぱ」に心を奪われることなく、その行動や態度の源であるパラダイムという「根っこ」に働きかけなければならないのだ、とはコヴィー博士の言葉です。
スキルやマインドにおいて、ちょっとしたコツやテクニックをマスターすることで成功を収めようとする風潮が加速しているように思われる現代。人生の大先輩ともいえる彼らは声を揃えてそれにNoといっています。
我々も素直に声を傾ける必要があるかもしれません。
参考:『五輪書』(宮本武蔵著、佐藤正英 校注・訳、ちくま学芸文庫)