スコットランド生まれの細菌学者アレクサンダー・フレミング(1881−1955)は、世界初の抗生物質「ペニシリン」を発見した人物です。
第二次世界大戦において多くの戦傷者の命を救ったペニシリンは、感染症の特効薬として世界中に普及し、20世紀における最も偉大な発見の一つとも言われています。
この功績により、フレミングは他の2人の化学者とノーベル医学生理学賞を共同受賞。また、1999年にはタイム紙の「20世紀の偉人100選」にも選ばれており、そのときに掲載された肖像が今もスコットランドの5ポンド紙幣に使用されているそうです。
人類に多大なる貢献を果たしたフレミングとは、いったいどのような価値観の持ち主だったのでしょうか。
●成功より失敗に関心を持つ
ペニシリンのおかげでフランスで得られた結果を、われわれが彼に話すと、彼は奇蹟的な成功よりもむしろ失敗の方に、関心をもった。<<それはそうと、あなたがたが癒せなかった骨髄炎のことを、もっとくわしく話して下さい>>と、彼は言ったものだった。つまり大地から、足をはなすまいとしていた。
上記は、ノーベル賞を受賞した後にフレミングと面談したフランス人医師の記録ですが、フレミングは大きな成功に満足することなく、その先を見据えていたようです。
他にどんな患者を助けることができるのか、自分にどのような貢献ができるのか、そうしたことに関心があるならば、成功よりも失敗に目が向くのは当然のことかもしれません。
成功体験は良くも悪くも個人や組織の基盤となり常識となって、その後の指針に大きな影響を及ぼします。過去の成功にしがみつくようになると、方向転換が必要なときになかなか決断できず、現状維持から衰退への道を歩むことにもなりかねません。
故スティーブン・R・コヴィー博士は、著書『7つの習慣 成功には原則があった!』(キングベアー出版)において、このように述べています。
「生活における比較的小さな変化でよければ、態度や行動にしかるべく注意する程度でかまわないだろう。だがとてつもない変化を遂げたいのであれば、パラダイムの転換を図らなければならない」
成功し続けるためには不断の変化とチャレンジが必要であり、大きな変革を求めるならばパラダイムの転換が不可欠だということです。
「今までと同じようにやっているのに、結果が出にくくなってきた」という自覚がある人は、過去の成功体験からいったん目を離し、状況を俯瞰することから始めてみてはいかがでしょうか。
●最後の一押しは熱意
彼(編注:フレミングを指す)はペニシリンの治療学上の可能性を、はっきり認識していて(略)それが純粋に抽出されることを熱烈に希望していました。なぜならばペニシリンこそ、白血球には害を及ばさずに、葡萄球菌などほんとうに抵抗力のある微生物を殺すことの出来る、唯一の薬品だと言うのでした。
起業家が常に苦戦する場面、その一つは資金集めです。フレミングは研究者ですが、起業家と同様の課題を抱えていました。ペニシリンという有用な物質を発見はしたものの、それを培養し抽出し、研究を展開させていくための資金や資源がなかったのです。
上の引用からは、ロジックを積み重ねることをモットーとする研究者でさえも、熱意を見せることでチャンスを掴もうとしていた様子が窺えます。
熱意について「ビジョンと自制心の核心にあり、それらを燃え立たせる燃料」と表現したのは前述のコヴィー博士ですが、その著書『第8の習慣 「効果」から「偉大」へ』(キングベアー出版)では、情熱について次のように述べています。
「何かに熱中している人は、未来は占うものではなく自分で作るものだと考える。そうなると、熱意を持つことは人間としての責任と言える。それは自らの目標達成に向けた解決策の一部となることだ」
つまり、「熱意なきところに真摯なコミットメントは存在しない」ということです。どんなに優秀なMBAホルダーであろうと、最終的にはエンドユーザーがそのプロダクトを受け入れない限り、ビジネスを成功させることはできません。
いかにして熱意を注ぐか。そして、その熱を伝え、使いこなすか。
このことは、フレミングのような研究者も例外ではなく、新卒社員からエグゼクティブまで、すべてのビジネス・パーソンに課された課題といってもいいのかもしれません。
(参考:『フレミングの生涯』、アンドレ・モロワ著、新庄嘉章・平岡篤頼訳、新潮社)