トマス・クックといえば世界で最も知られている旅行代理店グループの1つといってもいいでしょう。今回、焦点を当てるのはその創業者であるトマス・クック(1808-1892)です。19世紀前半、まだ一部の限られた富裕層のみに許された旅行という娯楽を、団体ツアーという発想によって一般市民にまで浸透させたのが、このクックです。英国の厳格なバプティストの家庭に生まれ、幼い頃からさまざまな職業の徒弟として働きに出されたというクックの身に、どんなブレークスルーの機会が訪れたのでしょうか。
●使命を全うする
エクスカーション(編注:団体の遊覧旅行)は心に糧を与え、知性の鍛錬と楽しみに資するものである。古くからの慣習の腐敗堕落の淵から人を引き上げる助けとなり、時空を越えた友愛の感情を養うのだ。平和への歩みを早め、徳や愛を促進し、さらに労苦からの解放によって、肉体の健康保持や体力の強化にも貢献する。どれをとっても立派な目的ではないか。
自身の仕事の中に使命を見出す人もいれば、自身の使命から仕事をつくり出す人もいます。トマス・クックはまさに後者でした。彼の自伝によれば、当時、一般市民にはこれといった娯楽がなく、彼自身も仕事帰りに毎晩パブへ行き、質の悪いアルコールに依存するような生活を送っていたといいます。こういったやり方でしかストレスを発散できない自らの状況を何とかしたいと考えたとき、庶民にとっては高嶺の花であった旅行を団体ツアーという形で格安で提供するアイデアを思いついたのです。
もちろん、簡単な試みではありませんでした。しかし彼はくじけることなく、粘り強く各方面と交渉を続け、実現にこぎつけたのです。このとき彼を衝き動かしたもの、それは上の引用にあるように「使命感」でした。
故スティーブン・R・コヴィー博士は著書『7つの習慣 最優先事項』において、自身の使命感からもたらされるビジョンのパワーについて次のように述べています。
「ビジョンは、人生のすべてを動かす原動力である。ビジョンを通して自分にしかできない貢献を自覚し、情熱を持つことができる」
自らの使命を自覚し、揺るぎないビジョンを持つということ。クックの原点も、やはり原則との邂逅にあったのではないでしょうか。
●「仕事の楽しみ方」を会得する
これは、クックが世界一周旅行を企画し、成功を収めた後に語ったものです。文中の「楽しい仕事」という表現からも、彼がいかに自分の仕事を楽しんでいたかがわかります。
私は世界を就航することを学んだ。何が可能で何を避けるべきかということも分った。何にどれほどの時間が必要か、ツアーのベスト・シーズンはいつか、どういう迂回路が一番実りが多いか、訪れた全ての国々の通貨の名称や交換率も知った。ひと言でいえば、私は世界を回る「楽しい仕事」の全てを会得したと思うのだ。
しかし、いったいどうしたらクックのように仕事を楽しめるのでしょうか。その極意を説明できる人はそう多くはないでしょう。
ここで、クックが使命感からビジョンをつくり出しそれを大切にした、という話を思い出してください。自分のなすべき目的が明確であり、そのためにすべき行動も明確であるとき、クックがそうであったように、人は迷うことなく実行に移すことができるのではないでしょうか。なぜなら、その行動によってさまざまな方向に貢献できることがわかっているからです。こうした姿勢で臨むことが「仕事の楽しみ方」のカギであることは間違いのないところでしょう。
「誰しも、自分は価値ある人間だと思いたい。自分の人生には意義があると思いたい」とはスティーブン・R・コヴィー博士の言葉です(『偉大なる選択 偉大な貢献は、日常にある小さな選択から始まった』より)。
この言葉を踏まえながら、日常の仕事をブレーク・ダウンしてみると、自らの仕事を通じて世の中にどんな貢献ができるのか、見えてくるものがあるはずです。楽しい仕事と楽しくない仕事。どちらが自分の糧となり、モチベーションを生み出す原動力となり得るか。その答えは明らかでしょう。
(参考:『トマス・クック物語 近代ツーリズムの創始者』、ピアーズ・ブレンドン著、石井昭夫訳、中央公論社)