ウィリアム・ハーヴィ(1578-1657)は、「血液は心臓から送り出されて体内を循環し、また心臓に戻ってくる」という「血液循環論」を唱えたイングランドの解剖学者です。
血液が体中を循環していることは、現代では誰もが知っている常識ですが、17世紀の初め頃までは古代ギリシアやローマ帝国時代の古い考え方が支配的であり、新説を唱えること自体がタブー視されていました。激しい批判や反駁に遭いながらも、自らを信じ、歴史に名を残す功績を残したハーヴィの人生を見ていくことにしましょう。
●哲学の論文として受け入れられる
生理学の研究に新たな方向性を示し、それまでの人体の働きの見方をくつがえしたハーヴィの記念碑的著作は、一枚の扉絵の上に『動物の心臓と血液の動きに関する解剖学的研究』という控えめな表題をかかげた、むしろ小冊子というほどのものだった。一六二八年に出版されたこの本は、いまなお医学史上もっとも重要な教科書のひとつに数えられ、近代医学の先駆者ハーヴィの名を現代にのこした。しかし、この本に書かれているのは、一七世紀当時に「医学」とされていたものではない。(略)この彼の本は哲学の論文として受けとめられた。
引用を見ると「彼の本は哲学の論文として受けとめられた」とありますが、これはどういうことでしょうか。
当時は、新しい考えを発表すると、異端児として処罰されたり、最悪のケースでは火あぶりの刑に処されたりすることまであったようです。そこで、ハーヴィはこの偉大なテーマを世に問うにあたり、いわゆる医学ではなく、自然哲学に近いアプローチから「血液の循環を考察する」というスタイルをとったものと考えられます。
「7つの習慣」の提唱者である故・スティーブン・R・コヴィー博士は、イノベーションを起こす人々に共通して見られる傾向を、著書『7つの習慣 原則中心リーダーシップ』(キングベアー出版)において、次のように述べています。
「過去の引力を断ち切るには、強い目的意識とアイデンティティーの明確化が必要になってくる。自分を知り何をやり遂げたいかをハッキリさせる、これが鍵なのだ」
身を守るための苦肉の策とはいえ、こうした手法をとることには、ハーヴィ自身、忸怩たるものがあったかもしれません。しかし、大きなリスクがあることを知りつつ発表に踏み切った背景には、後世に正しい知識を伝承し、医学をさらに発展させたいという純粋な思いがあったのではないでしょうか。
●計画性をもって勉強する
イングランドでは、一五三六年から一五三九年にかけて、ヘンリー八世の宗教改革があった。教会は収入源の多くを失い、それまでのように学生を援助できなくなり、家が裕福な者、貴族の援助を得た者、奨学金を受けた者でなければ、大学に学ぶことはできなくなっていった。
少しだけ時計の針を巻き戻して、ハーヴィの学生時代に着目してみましょう。
多くの偉人がそうであるように、彼もまた経済的な問題に悩まされる苦学生の一人であったようです。しかし、猛勉強の末、名門のケンブリッジ大学に入学し、そこで奨学金を得たことで、勉学に集中できる環境を手に入れました。
農場では、まず種を蒔き、丹念に畑を耕し、水をやらない限り、収穫は望めません。奨学金の獲得も同様で、そこに至る近道など決してなかったはずです。
「ケンブリッジ大学に入学し、奨学金を得る」という明確な目標に向かって彼がコツコツと学習を重ねたこと、その周到な計画性と実行力があればこそ、見事な成果を引き寄せることができたのでしょう。
前出のコヴィー博士は、著書『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)において、次のように述べています。
「成功が偶然に手に入ることはまずない。成功は達成するものであり、それには計画を吟味し、周到に準備することが必要だ」
誰にでも成し遂げたい夢や目標はあるもの。ゴールに向けて周到な計画を練ることは、一見すると単なる遠回りに見えるかもしれませんが、安易な「一夜漬け」によって獲得できる成功にどれほどの価値があるでしょうか。
ゴールを見据え、適切な計画を立て、着実に実行する。どんな小さな目標においても、そうした積み重ねを無視していては、成功へのチケットを手に入れることは不可能なのです。
(参考:『オックスフォード 科学の肖像 ウィリアム・ハーヴィ 血液はからだを循環する』、ジョール・シャケルフォード著、梨本治男訳、大月書店)