古典に学ぶタイムマネジメント|104回 エリック・ホッファー

エリック・ホッファー(1902-1983)は日本ではあまり知られていませんが、米国では風変わりな知のカリスマとして大変よく知られた哲学者です。
18歳で天涯孤独となったホッファーは、季節労働者としてさまざまな仕事を転々とするなか、仕事の合間に図書館に通いつめ、独学で物理学、数学、植物学を習得します。やがて、その驚くべき能力によって頭角を現しますが、特定の職業に就くことはせず、心の向くままに思索や著述を続け、世の中に広く認められるようになっていきました。
60歳を過ぎてからカリフォルニア大学バークレー校で政治学の教授職に就き、80歳で亡くなる数カ月前にはロナルド・レーガンから「大統領自由勲章」を贈られるなど、ユニークな生き方を貫きながらも多くの実りを手にしたホッファー。そんな彼の価値観をひもといてみることにしましょう。

偏見を持つことの愚かさ

ある日、空いた皿を片づけていると、近くのテーブルで背の高い年配の男(編注:カリフォルニア大学の柑橘類研究所長)が、二冊の分厚い本を開いて背中を丸めながら、憤激して何かぶつぶつ言っている。私が「何かお手伝いしましょうか」と冗談半分に声をかけると、彼は頭を上げて、初めびっくりしていたが、私に微笑みかけた。彼が読んでいたのは紙が黄色くなったドイツ語の本で、もう一冊は独英辞書だった。すると、彼は力を込めて私にこう言い放った。「ドイツ語は、悪魔が発明した言葉ですよ。ページの頭から始まってページの最後に終わるたった一つの文章の意味がわからなくて、何時間も考えているんです。終わりまできたころには、初めの方を忘れているんです。運が悪いことに、この怪物のような文章には重要不可欠な情報が含まれていて、正確な意味を理解しなければならないんです。辞書はあまり役に立ちませんし」

これはホッファーがレストランで給仕係のアルバイトをしていた際のエピソードです。
この出会いがきっかけとなり、ドイツ語に堪能な彼はカリフォルニア大学バークレー校の研究所でドイツ語の翻訳作業を手伝うことになります。さらに、研究所長が手を焼いていた柑橘類研究の難題に対しても、独自の植物学の知識を通じて大きな貢献を果たし、正式な研究員のポストをオファーされますが、彼はそれを断って元の放浪生活に戻ることを選択します。

このエピソードから学べる教訓はいろいろありそうですが、そのひとつとして「偏見を持つことの愚かさ」を挙げることができるでしょう。
どこか無頼な雰囲気を持つその日暮らしのアルバイトに対し、研究所長が先入観に囚われて心を開かずにいたら、柑橘類の研究も、ホッファーの人生も、まったく異なる展開を見せていたかもしれません。自分でも気づかずに陥っている先入観、偏見、固定観念の落とし穴には注意が必要です。

故スティーブン・R・コヴィー博士は、著書『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』(キングベアー出版)において、パラダイムを転換することの意義について次のように述べています。

「生活における比較的小さな変化でよければ、態度や行動にしかるべく注意する程度でかまわないだろう。だがとてつもない変化を遂げたいのであれば、パラダイムの転換を図らなければならない」

これはビジネスのみならず日常生活においても同様です。無意識に装着している自らのパラダイムを点検し、見直すことは、大きな変化を目指すうえで非常に意味のある行動といえるでしょう。

自らの価値観に沿った選択

遅い昼食をとろうと腰をかけ、稼いだ金を数えているうちに、しだいに深い疑念にとらわれ始めた。それはいままで感じたことがなかったもの―恥辱だった。平気で嘘をつき、お世辞を言い、たぶん何でもしたにちがいない自分に愕然とした。明らかに、物を売ることは私にとって精神を腐敗させる元凶である。おそらく物を売るためには人殺しさえ厭わなかったかもしれない。私は概して堕落しやすく、そうであるからこそ誘惑を避けることを学ばなければならなかった。
私がもうこの仕事はしないと言ったとき、ブラッキーは最高の売り子を失ったのだった。

これは、前述の引用より少し前のエピソードです。日雇い労働者としてオレンジの訪問販売の職を得て、お世辞や作り話など、あの手この手で次々とオレンジを売り捌くうちに、「他人を偽ることは自身の価値観に反すること」だと気づいた彼は、順調だった仕事を自ら手放しすことを決断します。この選択が、バークレーでの出会いを引き寄せたといっても過言ではないでしょう。

今やっていることが自らの価値観に反しているとわかっていても、我々にとってセーフティーゾーンからの離脱にはかなりの勇気が必要です。しかし、今までの常識がすぐに非常識となる激動の時代、こうした勇気、そして速やかな決断の持つ意味は小さくありません。

前出のコヴィー博士は、著書『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』において、蔓延する個性主義、すなわち表層的な変革によって成果を短期間に得ようとする試みを、以下のように批判しています。

「個性を改善するのは比較的簡単である。新しいスキルを身につけ、言葉遣いに気をつけ、人間関係を円滑にするテクニックを習得し、身なりを整え、自尊心を高めればいいだけだ。だがそれに比べて、習慣を改め、徳を積み、基本原則を学び、約束を守り、誓いを実行し、勇気を出し、他人の気持ちや信念を心から思いやるのは難しい。しかしこれは、私たちの成熟度を測るものさしであり、成熟した人間のあり方なのだ」

原則に沿って自らの習慣を改めていくのは簡単なことではありませんが、長い目で見たとき、個性と原則のどちらを重視するべきかは明白です。
より豊かな人生を生きていこうとするならば、さまざまな要素が複雑に絡み合う中でも、自らの中心に据えるべき原則や優先順位は何か、しっかり時間を取って考える必要があるのではないでしょうか。

(参考:『エリック・ホッファー自伝 ―構想された真実―』、エリック・ホッファー著、中本義彦訳、作品社)

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