英国の植民地だった米国が1776年に独立宣言を行うにあたり、その内容を主に執筆したのが、後に米国第3代大統領となるトマス・ジェファソン(1743-1826)でした。現在の米国2ドル札にその肖像が使われていることからも、彼が果たした功績の大きさがうかがえます。若くして国政の中枢で腕をふるったジェファソンですが、政治家のみならず建築家や発明家としても才能を発揮しています。彼の考え方、その中心に着目してみましょう。
●聞き役に徹する
しかし、ジェファソンは人前であまり演説しなかった。ある日、1人の代表がジェファソンに、「どうしてあなたはこんなにたくさんの異議を唱えるべき間違った論法を聞いていても沈黙を保って座っていられるのですか」と聞いた。するとジェファソンは、「異議を唱えることはまことにたやすいが相手を沈黙させることはできない。私が提案する方策は、自分に課せられた義務として議論を聞く労を厭わないことです。概ね私は喜んで聞いています」と答えた。
時間に追われ、功を焦るあまり、相手からきちんとヒアリングをしないまま、次の段階へと突き進む。今も昔もビジネスシーンでは起こりがちな傾向です。先を急いだ結果、プロジェクトの終了間際になってクライアントの要望に応えられていないことが発覚する、などということは決してあってはなりません。さまざまなコミュニケーションツールが発達した現在だからこそ、人の話を「聴く」ことの大切さはますます大きくなっているといえるでしょう。
その点、ジェファソンには物事の本質がしっかり見えていたようです。大統領として行った意思決定のうち、本人による発案のものがどれくらいあるのかはわかりませんが、話を聴くことの重要性を理解していた彼が、周囲の力を最大限に引き出すリーダーシップの持ち主であったことは確かでしょう。
「7つの習慣」の提唱者である故スティーブン・R・コヴィー博士は、著書『第八の習慣 「効果」から「偉大」へ』(キングベアー出版)において、現代のコミュニケーションにおいて「傾聴」が軽んじられていることを指摘しています。
「人生において最も重要なスキルはコミュニケーションである。私たちは起きている時間の大部分をコミュニケーションに使っている。だがちょっと考えてみてほしい。読み書き、話すことなら学校で何年間も学ぶが、聴くことはどうだろう? 相手の立場に立ってあなたはどんな教育やトレーニングを受けただろうか?」
相手の言いたいことをすべて引き出す、そうできるまで聴き取ろうとすれば、技術だけでなく並外れた忍耐が必要になります。非常に難しいことではありますが、それを徹底的にやり抜くことが、成功への近道の一つであることを、ジェファソンは熟知していたわけです。一朝一夕にまねできるものではありませんが、まずはその姿勢だけでも日々の行動に取り入れていきたいものです。
●接見会の禁止
ジェファソンは、貴族的であるとしてワシントン(編注:米国初代大統領ジョージ・ワシントンを指す)が導入した大統領の「接見会」を廃止した。最初の接見会が開かれる予定だった日、ジェファソンはいつものように午後1時に馬に乗って出掛けた。そして3時に帰ってきた。(略)すると正装した紳士淑女がジェファソンを待ち受けていた。それを見たジェファソンは困った様子もなく気軽に挨拶した。それ以後、接見会で人が集まることはなかった。
さまざまな人種のるつぼとされる米国ですが、英国の植民地であったことから、富裕層においては貴族的な慣習が数多く残っていたようです。ジェファソンの周囲に集うような人々からすれば、上記のような慣習はごくありふれたものの一つだったのでしょうが、彼自身は相当なフラストレーションを感じていたようです。
我々は国家や大組織のトップに立つことはないかもしれません。しかし、どのような組織、あるいは場所においても、旧態依然の悪しき慣習と出会う可能性は決して少なくないはずです。
そのとき、「それは違う」「このままにしておいてはいけない」と心から感じたとしたら、一個人としてどんな行動を起こすべきなのでしょうか。
前出のコヴィー博士は、著書『7つの習慣 原則中心リーダーシップ』(キングベアー出版)において、次のように述べています。
「壁を突破するような劇的な変化は、古い考え方と決別することから生まれる。人はそのパラダイムが変化するにつれ、今までとまったく違う洞察、知識、理解の仕方を知り、目を見張るほどの変化を遂げることになる。それは歴史を見れば明らかである」
コヴィー博士がいうところの「壁を突破」すべく、ジェファソンが接見会を中止したのかどうかはわかりません。しかし、彼はこのような悪しき慣習をいくつも廃止し、数多くのイノベーションを生み出しました。心のうちに一貫した価値観、そして目指すビジョンがあったからこそ、果敢に実行することができたのではないでしょうか。
日々、当たり前のように取り組んでいる事象についても、今一度、背景や現状を見つめ直し、整理整頓してみることで、新たな気づきを得られるかもしれません。そこから何が生まれるかは未知数ですが、いつの時代にも有効な「再新再生」の習慣であることは間違いのないところでしょう。
(参考:『トマス・ジェファソン伝記事典』、西川秀和著、大学教育出版)