PCのCPUメーカーとして世界を席巻し、絶大なシェアを誇るインテル社については、皆さんもよくご存じのことでしょう。今回、ご紹介するアンドリュー・グローブ(1936-)は、このインテル社のCEOとして名を成したアメリカの実業家です。
ハンガリーのユダヤ人家庭に生まれたグローブは、ナチスによる迫害を避けるためにユダヤ人であることを隠して暮らすという過酷な少年期を過ごしました。1956年のハンガリー動乱を機にオーストリアに亡命、その後はアメリカに移民し、新たなキャリアをスタートさせました。波乱万丈の過去を抱えながら、彼はいかにして自らの人生を切り拓いていったのでしょうか。
●突然の砲撃
ある朝、トイレから戻ってまもなく、中庭で爆発があった。それは厚い木の板をドスンと落としているような生やさしい音なんかではなかった。いかにも爆発と思われる音-ドカーン、ドカーンという響きわたるような大きな音に続いて、屋根のタイルやレンガや木がこっぱみじんになってあたりに飛び散るときの、ガラガラというやかましい変則的な音が聞こえたのである。(略)しばらくして、何も起こらなくなってから外へ出てみると、砲弾の破片がトイレのドアを突き破っているのに気がついた。私はその破片をまじまじと見つめた。わずか数分前に自分はそこを通っていたのだ。
なんとも生々しい描写です。グローブの幼少期は、常にこのような死と隣り合わせの環境にありました。それは、彼の母国ハンガリーが戦時下にあり、さらに、彼の一家がユダヤ人として差別や迫害を受ける側にいたからです。内にも外にも逃げ道のない、不安だらけの閉塞的な生活環境が、年若いグローブに与えたダメージはどれほどのものだったでしょうか。しかし、彼は、そうした苦難に安易に屈するタイプの人間ではありませんでした。
故スティーブン・R・コヴィー博士は、絶望的な状況におかれてもなお、自己の意志を明確に持ち続ける能力を「主体性」と呼びました。外部からの刺激に対し、そのまま受動的に反応するのではなく、とるべき行動を考え、決断し、その決断を実行に移す人は、困難な状況の中でも決して希望を失うことはありません。自分にできる最善の行動をとることで、自らの道を切り拓いていくのです。
グローブは、戦争や差別という環境(外部からの刺激)に対し、暴力や逃避(反応)を選択するのではなく、終戦後の明るい未来を想像し続けた(主体的な行動)はずです。アメリカに移ってからの目覚ましい成功は、そうした主体的な人間性に起因するところが大きかったのではないでしょうか。
主体性を発揮するというのは、「7つの習慣」において最も大切な概念の1つであり、7つの習慣の中でも最初の習慣として位置づけられています。
人生を豊かに生きる上で、主体性というものがいかに重要な役割を担うかについて改めて考えてみると、すべての始まりがそこにあるといっても過言ではないことに気づかされます。
日々の小さな選択であろうが、人生の岐路で下すような大きな決断であろうが、常に主体性を発揮することには非常な困難を伴います。しかし、その困難に打ち勝って、主体的に判断し、実行すること。そうした選択と実践の連鎖と積み重ねが、その人の人生を大きく変えていくのです。
自分は昨日面接を受けたが選ばれなかったこと、しかし本当に、本当にアメリカに行きたいんだということを説明したのである。(略)言葉が奔流のように口をついて出てきた。雄弁でも理路整然としていたわけでもなかったが、まるで彼らの反論を大量の言葉で封じ込めることができるかのように、私はまくしたてた。何が何でも話すのをやめたくなかったが、とうとう言葉が尽きてしまった。私はかすかにあえぎ、まだたくさん汗をかきながら、そこに立ち尽くした。学生たちは互いに顔を見合わせて笑い、一人が言った。「いいでしょう。アメリカに行っていいですよ」
●本当にアメリカに行きたいんだ
これは、グローブが母国からオーストリアに亡命した折、そこからアメリカへ渡航すべく活動していたときの逸話です。渡航支援団体の助けを得ればアメリカに行けると思っていた彼は、面接で不合格となったと知るや、声を荒げて猛烈に抗議しました。彼には、それを辞さないだけの明確な目標があったからです。それはアメリカで仕事を得て、母国から両親を呼び寄せ、養うというものでした。
こういった心の底からの思い、自らの使命や魂の規範を示すような内なる声を、コヴィー博士は「ボイス」と呼びました。このときのグローブの行動は、まさに「ボイス」に衝き動かされた人のものです。彼には自分がアメリカに渡ってからの使命がはっきりと見えていました。つまり、自分の「ボイス」が明確に聞こえていたのです。
居ても立っても居られない衝動に駆られたグローブが、当時、決して流暢ではなかった英語で猛然と抗議を行うと、支援団体もそのパワーに圧倒されたのか、一転して彼に認可を与えました。その人の心からの思いが行動になったとき、思わぬ影響力を発揮することがあるということの1つの証明といえるかもしれません。
そのためには、自身のビジョンとミッションを研ぎ澄まし、自らの内なる声を聞き分けることが大切です。ふとした瞬間に自身の「ボイス」を意識する習慣を体に落とし込むことができれば、きっと私たちの生活はもっとシンプルで研ぎ澄まされたものになるでしょう。そうやって1人ひとりが何をなすべきか意識することで、この複雑で、一寸先は闇ともいえる激動の時代も、もっとわかりやすくクリアにしていくことができるのではないでしょうか。
(参考:『僕の企業は亡命から始まった! アンドリュー・グローブ半生の自伝』、アンドリュー・S・グローブ著、樫村志保訳、日経BP社)